「最近の人は光ばかり求めて影がない」

元首相の中曽根康弘氏の発言です。

中曽根氏の言う光とは、目立ちたい、注目を浴びたい、人からかっこよく、
かわいく見られたい、という意味であり、
影とは、人の為に尽くす、下積み生活を送る、忍耐する、我慢する、考え抜く、
そういった目に見えない行為を意味しているものでしょう。

「最近の人」とはおそらく政治家のことを言っているのだと思いますが、
これはどんな世界にも大いに当てはまる話です。


野球の世界でいえば、影のプレーとは、チームのために犠牲になる、
チームのために研究する、創意工夫する、知識を得る、などということです。

バッテリーでいえば、外角にストライクからボールになる変化球を投げて、
相手の反応を見て、打者の心理を洞察し、次の投球へ繋げます。

これは、一球ボールを投げるという犠牲心の上に成り立つ立派なチームプレーです。

今のは極端な例かもしれません。しかし、多くの選手は光を求め、
投手は力いっぱい投げて、打者はその球をフルスイングしたがります。
確かにそのほうがファンも喜ぶでしょう。

ですが、その一球を痛打されたり、あるいは凡打に終わったりすれば、
最大の目標である勝利をものすることはできなくなります。


光を求めるプレーというのは、実践するうえで非常に楽ですが、
影となるプレーは辛いものです。

結果が数字に表れないし、拍手喝さいを浴びることはありません。

しかし、そうまでしてでもやらなければなりません。

プロの世界は結果がすべてだからです。
勝負の世界がゆえに、勝たないと何の意味もありません。

良い試合をしても負けてしまっては意味がないのです。

だからこそ、監督は勝つための最善策を常に考え、それらを選手に伝え、
実行させなければなりません。

チームのために研究する、創意工夫する、知識を得る、という意味では
監督は影そのものなのかもしれません。


では、企業に置き換えて考えてみるとどうでしょう。

ビジネスである以上、結果がすべてなのは当然のことです。

「プロセスより結果が大事である」、まさにその通りです。


その通りなのですが、私としては次の言い回しのほうがしっくりきます。

「プロセスも大事だが結果がすべてである」

プロセスを大事にしていれば間違いなく結果は出るはずです。

つまり、結果がすべてと考えることと、プロセスを大事にすることは、
切り離して考えるべきではない、ということです。

プロセスをないがしろにして良いい結果を出すことはできません。

ただし、「やることはやったのだから、結果が出なくても評価して欲しい」
と考えるのは間違いです。

なぜなら、本来、「やることはやった=正しいプロセスを踏んだ」のなら、
結果が出ていなければおかしいからです。

結果が出なかったのなら、プロセスのどこかに問題があったと考えるのが
自然であり、プロセス自体が正しくなかったのであれば、いかに努力を
したにせよ、決して評価されるものではありません。

企業は利益を上げることが目的です。

そのためにリーダーは試行錯誤し、結果に繋がる最善のプロセスを
導き出さなければなりません。


たとえば、地面に穴を掘るために、つるはしを持った10人の作業員を
集めてくるか、1人に1台の電動ドリルを用意するか、もしくはショベルカーを
調達してくるかによって作業効率もかかる日数も変わってきます。

つるはしを何人に持たせようが、ショベルカー1台用意したほうが成果を
上げられるのは目に見えています。

だから、結果を出せる人というのは、つるはしを電動ドリルにできないか、
さらにはショベルカーを調達できないか、あるいはもっと他に良い方法がないかと
考え工夫するのです。

これこそがプロセスではないでしょうか。

試行錯誤と努力を繰り返し、導き出したプロセスを部下に伝授することによって
成果が上がるようにフォローしなければなりません。

決して華やかではありませんが、これもリーダーに課せられている使命です。



 【今日の野村監督の言葉】

『光を求めるプレーは楽だが陰となるプレーは辛いものである。』