《S化成事件》
(東京地裁判決平成17年11月25日)

今回は、退職金に関する判例をご紹介致します。

(概  略)
被告:S化成株式会社「以下S」
原告:元社員A「以下A」

原告であるAは、平成4年7月にSに就職し、平成17年5月15日に61歳で自己都合
退職をしました。Sの定年は62歳と定められておりました。
Sの退職金制度は、定年退職なら支給率B(支給率が高い)、自己都合退職なら
支給率A(支給率が低い)と退職理由により区別し規定されておりました。

定年退職時の退職金支払額については、Sの算出基準により60歳到達時点で
退職金額を一旦確定させ、その支給額に60歳から定年時までの期間について
金利相当額を加算し、その合計額を62歳の定年退職の際に支給するという定め
となっており、Sは同規定に従い計算した額について平成16年2月に通知書により
<1>退職金額が500万3845円になること
<2>退職時の退職金額には60歳から定年までの期間に対する金利を加算した額
   になること
を通知しておりました。

しかし、同社の経営状態が悪化しており、平成17年2月に民事再生の申し立てを
行い、同年5月25日にSと労働者側は退職金の減額について合意し、同内容に
ついて労働組合と協定を交わしました。
Sはその協定を根拠とし、Aに対して制度変更を反映し、且つ自己都合退職の
支給率にて再計算を行い同年6月15日にAの退職金額が291万3000円となることを
通知いたしました。
原告であるAはこれを不服とし、Sに対し当初60歳時点で通知された金額による
退職金の支給を求めたというものであります。

本件で争いとなった点は、
<1>Aは60歳時点で通知を受けた定年退職による退職金を請求できるか
<2>民事再生手続き後の労使合意により減額改定された制度が、直前に退職
   したAにも適用できるのか
という2点であります。

(判決要旨)
判決では、
【1】〈60歳到達時の通知金額による退職金を請求できるか〉
 1.Sの退職金規程に「62歳まで勤めた従業員には支給率Bを、自己の都合
   により退職する場合は支給率Aを適用する」という旨の定めが規定されて
   おり、区別されていること
 2.60歳以降に退職した者に対して、退職理由に関わらず支給率Bで退職金を
   支給するという定めが全くないこと
 3.退職金規程の1条に「ただし60歳以上の社員については別に定めるものを
   除き、この規定を適用する。」と規定されていること
 4.前述の「通知書」は上記3.の「別の定め」には当たらずあくまで、
   62歳まで勤め定年退職した場合の予定額を通知したものにすぎないこと
以上4点から、通知金額による退職金の請求は棄却されました。

【2】〈退職金減額の労使合意をAの退職金についても拘束できるか〉
退職金減額の労使合意がAの退職後であることから拘束されないと判断され、
また、民事再生法上の再生手続きにも左右されないと判断されました。
 

上記【1】【2】の判断により、Aに対する退職金額について、Sに対し労使合意
による退職金減額以前の旧規程を適用し、且つ支給率については自己都合退職の
場合の支給率Aを適用して計算した額である411万4000円を支給するよう命じました。

本判決は、退職金規程の重要性と、制度改正の効力をどの時点から適用できるのか
(制度改正後、いつ時点の退職者から適用できるか)について非常に明確に
出ているケースであると思います。

平成18年4月以降、いわゆる高齢者雇用安定法が改正され、60歳以降の継続雇用
義務化がスタートしており、また、近年の経済情勢や雇用環境が大きく変化して
いるなかで、退職金制度をどのように定めるのかという点は、企業様にとって
非常に重要なポイントとなっておられると考えます。

本件のケース以外でも退職金の場合、減額改訂に伴う不利益変更についての対応や
懲戒解雇時の退職金の支給の有無等、争いになりやすい事項でありますので、
制度改正や退職金支給時の個別対応におきましてもご注意いただきたいと
考えますし、また、ベースとなる就業規則の整備についてもお勧めいたします。

今回で「判例から見る人事トラブル集」のシリーズは終了となります。
いままでお付き合い頂き誠にありがとうございました。
また新シリーズも開始される予定でございますので、今後とも何卒よろしくお願い致します。