前回は組織編@で織田信長の軍制改革の第一歩をご紹介しました。
キーワードは独断・迅速に用いることができる「銭で雇う兵士」を
導入することでした。

確かに銭で雇う兵士はすぐに兵を集められ、農繁期を気にせず
いつでもいつまでも戦うことができ、諸将との合議を必要と
しないという大きな利点がありましたが、大きな欠点もありました。

それは何か? とても弱かったことです。

織田信長はとても弱かった「銭で雇う軍隊」を
戦国最強の軍隊へと改革していきました。

今回はその改革の方法をご紹介します。


この時代の日本人には人々が考えるような忠誠心は
ありませんでした。
戦国時代の歴史を見ると、武将の寝返りや裏切りは数限りなくあります。

武将級でこれだから、足軽雑兵に至ってはさらに忠誠心は
低かったと言えるでしょう。

以前の農民軍団は非常に強く、責任感も強かった。
なぜなら一つの村の者が一隊を構成しているので真っ先に逃げると
村に帰ってから隣近所から臆病者と笑われてしまうからです。

ところが信長の作った「銭で雇う軍隊」は、村落共同体から
ドロップアウトした流れ者の寄せ集めなので、返るべき村もありません。

戦場から逃げだしたとしても、元の流れ者の生活に戻ればいいので、
危険な戦場で真面目に戦うはずがなかったので弱かったのでした。

そこで信長はとても弱かった軍隊にまず三間間中柄(さんげんまなかえ)
という通常より長い槍を装備させ、集団で戦うように訓練したのでした。

短い槍の熟練した兵士は強かったのですが、長い槍を持ち集団で戦う兵士はさらに
強かったのでした。従来の槍の長さという「常識」を見事に変えた工夫でした。

この発想が、より遠方から戦う兵器、鉄砲に進んだのは
自然な流れだと想像がつきます。

もちろん装備だけではありません。
弱小軍隊を強くさせるためになるべく安全な城壁の中などから
鉄砲での戦い方を磨いていったのでした。

信長は、野戦においても盛んに城を造らせています。
このために短期間でできる築城法も研究しています。

それが「太閤記」で有名な墨俣の一夜城です。

このように信長はとても弱い軍隊を認めたうえでその利点を最大限に
利用し欠点を様々な技術開発と工夫で補っていったのでした。


【筆者の一言】
以前、企業の分析を社員教育の一環として行っていたときにSWOT分析を
使用していました。
Sは強みWは弱みOは機会Tは脅威と4つの項目で自社のいいところ
悪いところを列挙します。

社員にやってもらった場合、大概は弱みの部分が一番多くなり、
結局商品が悪いだの、価格が高いだの言い始めます。

しかしそれは本当の弱みではありません。
本当の弱みはそれをどうにかする工夫ができない社員(幹部)
の工夫不足、努力不足なのです。

上記の改革をすべて信長一人で行ったとは思いません。
太閤記では墨俣の一夜城は羽柴秀吉(豊臣秀吉)が工夫して
築城したと記載されています。

要するに与えられたものでいかに成果を大きく残すかを
考えられるような社員を何人育てられるかがポイントなのです。

社員教育はOJTのみ。実践で鍛える。そのような事業所が非常に多いですが、
それだけでは狭く短絡的な視点でしか物事を考えられなかったり、
判断できない社員ばかりが育ってしまいます。

大きく経営者目線で物事をとらえられる社員を育成せねばなりません。
それが長期的に見て会社の能力の底上げに繋がると考えています。