今回のタイトルは、契約成立において重要な要素である「意思表示」を
2つに分解したものです。

前回、契約が「有効に成立している」とはどのような状態なのかについて
お話しました。契約の当事者の一方が約束を守らなかった場合に、裁判所という
国家機関がその力を持って契約内容の実現を助けてくれるということでしたね。

では、契約を有効に成立させるための条件とはどのようなものでしょうか?


雇用契約は、双方の意思の合致のみによって成立する契約(諾成契約)ですので、
契約書や役所への届出などが効力の発生要件ではありません。
例えば、応募者からの電話で「今日から働きたいです」「いいですよ」という
会話がなされた時点で、雇用契約は成立します。

ここでの応募者の意思(働きたい)と表示(働きたいと電話で伝える)は、
採用者の意思(働いて欲しい)と表示(いいですよと電話で応える)とで、
それぞれ合致しています。めでたく、契約成立です。

意思表示とは、文字通り「意思」と「表示」からなるものであり、その表示行為
に対応する意思(内心的効果意思)があることが大前提となります。

ところが、いつもこのように物事が単純に進まないのが、(人の)世の常です。
人間は、地球上で意思とは異なる表示行為をすることができる唯一の生き物
だからです。他の動物が「冗談」や「勘違い」をしだすと、大変なことになって
しまいます。しっぽを振ってすり寄って来た犬が、突然噛み付いてくるのを
あまり想像したくはありません。


話がそれました。元に戻します。


例えば、そもそも働く気がない応募者が電話で「今日から働きたいです」と
言いました。意思と表示が食い違っています。

これは意思表示として有効なのでしょうか?

民法において、このようなケースについての定めがあります。
「意思表示は、表示者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、
そのために効力を妨げられない」(心裡留保:民法93条)

つまり、そもそも働く気がない応募者からの「今日から働きたいです」という
意思表示は有効であり、それを信じて「いいですよ」と採用者が応えれば、
この場合も雇用契約は成立します。

ところが、この規定には続きがあります。

「ただし、相手方が表示者の真意を知り、または知ることができたときは、
その意思表示は無効とする」(心裡留保:民法93条 但し書き)

どういうことかと言いますと、採用者もその応募者に働く気がないことを
知って(知ることができて)いながら、「いいですよ」と応えた場合です。

いわゆる「冗談」です。

これは、契約における大原則である双方の意思と表示が合致していないから、
当然に無効という訳です。


このように、雇用契約が成立するためには、双方の意思と表示が有効に
合致していることが求められます。その背景には、民法が、すべての個人に
対して平等に意思活動の自由を保障する「個人意思自治の原則」が根底に
あるからです。

次回は、意思と表示が異なるもう一つのパターン「勘違い」について、
それがどのように契約形成に影響するのか、お話したいと思います。