前回は意志表示を「意志」と「表示」に分けて、それぞれがきちんと対応して
いることが、契約が有効に成立する上で重要である旨お話しました。

では、今回の「勘違い」はどうでしょうか?

使用者と労働者との間で最もトラブルになり易いケースとして、おそらくこの
勘違いによるものが多いのではないでしょうか。知らなかった、きちんと伝えて
いなかったが為に、結果として様々なトラブルが発生してしまいます。


勘違いとは、法律用語では「錯誤」といい、表示行為に対応する意志
(内心的効果意志)が存在しないことを表意者が「知らない」で行う意思表示
のことです。一般的に、なんらかの誤解に基づいてなされた意思表示を言います。

前回の心裡留保は、意志と表示が異なることを「知っていて」行う表示行為
でしたので、あくまで冗談として当事者を保護する必要はありませんでしたが、
今回は知らないケースですので、そうは行きません。

「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」
(錯誤:民法95条)

この場合の要素とは、その錯誤が無ければ、その意思表示はなかっただろうと
考えられるほどの重要な部分のことです。

ただ、いかに「勘違い」とはいっても、意思表示の相手方としては、表意者が
錯誤に基づいて意思表示をおこなったものかどうかまでは当然知り得ません。
(本人ですら気付いていないのですから。)

ですので、極めて些細な勘違いについてまで表意者が保護されるとするのは、
逆に意志表示の相手方の保護に欠けることになってしまいます。

そこで、心裡留保と同様に続きがあります。

「ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を
主張できない」(錯誤:民法95条 但し書き)

この場合の重大な過失とは、通常一般人に期待される注意を欠くような程度を
指します。

雇用契約において、意思表示の無効や取消しに関わる問題は、雇用契約の終了時
に頻発します。過去の判例でも、退職を勧奨するケースや分社化や営業譲渡に
よる転籍を促す場合などに多く見られます。双方が核心となる部分を避けて
うやむやにコトを進めてしまったが為に、後々になって、聞いていたのと違う
ということでその無効や取消しを主張されてしまう訳です。

雇用契約の成立から終了まで、現実の生活の中でその契約が有効かどうかなど、
特に意識することはないかと思います。ただ、ひとたび契約の当事者の一方が
約束を果たさなかったり、内容について双方の認識が違ったりすると、途端に
争いとなってしまいます。

意思表示とは双方向・お互いがあって初めて成り立つものですので、
まずは双方の意図するところをきちんと理解出来ていることが大事です。
その上で、どのような契約内容を有効に形成させていくか、というところへの
配慮が必要となります。