今回は、前回の続きとして会社が退職者に課す競業避止義務と、それによって
制約を受ける労働者の職業選択(転職)の自由が、双方においてどのように
整理・調整されるかについてより具体的にみていきたいと思います。

そもそも、会社はなぜ退職者に競業避止(制約)を課すのでしょうか?
ものすごく基本的な質問ですが、この問いには重要な要素が含まれています。


退職者が同業他社に転職あるいは起業し、前職において過去に多大な資本を
投下して得られた情報(顧客情報や営業ノウハウなど)を利用してより利益を
上げる、その結果自社が損失を被るということは十分に考えられます。

会社の財産であるそれらの営業秘密が、その退職者によって漏洩あるいは不正に
利用される危険性があるということです。昨今の記録媒体の大容量化や通信手段
の発達により、その危険性は未だかつてないほど高くなっています。

会社に属するこれらの知的財産を保護し、自社が不利益や損失を被るのを防ぐ
ために、退職者に競業避止義務を課すというのが大きな理由かと思います。
逆に「競業」でなければ、お好きにどうぞというのが本音かと思います。

ただ、退職後の競業避止は、前回にもお話したとおり労働者の転職の自由と
正面から衝突するものですので、就業規則や誓約書が整っていれば、
それだけで無条件に認められるものではありません。

モデル裁判例では、
「制限の期間や地域、退職者の在職中の地位や職務、代償措置の有無、
営業秘密の流出の可能性について、使用者の利益(営業秘密の保護)と
退職者の不利益(転職・再就職の不自由)と社会的利害(独占集中の
おそれや一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討すること
を要する」としています。(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件)

ですので、地位や職務に関わり無く、全ての退職者に期間や地域制限のない
競業避止を課すのはほぼ間違いなく無効となります。


事業者間の適正な営業活動を確保するために、不正競争防止法という法律が
平成5年に制定されましたが、この法律の中で「営業秘密」が不正競争からの
保護の対象とされ、一定の行為について規制が設けられています。

ただし、この営業秘密として認められるには
1.秘密として管理されていること(秘密管理性)
2.事業活動に有用な技術上・営業上の情報であること(有用性)
3.公然と知られていないこと(非公知性)
などその要件が厳しく求められています。

ですので、新入社員研修に用いられる「営業トークマニュアル」などはこの
営業秘密に該当しないということになります。

仮に、これらの要件を全て満たす営業秘密に自身の権限でアクセス出来ていた
営業統括部長が、退職に際して不正に持ち出すことを条件に競業他社にヘッド
ハンティングされた場合などは、この不正競争防止法における「不正競争」に
該当し、差し止め請求や損害賠償の対象にもなってきます。

ここで重要なのが、
1.競業避止を求める「対象」が地位や職務も含めて誰なのか
2.競業避止を課すことにより受ける退職者の不利益をどう補填するのか
になるかと思います。

対象については、その担当職務にもよりますが、日頃より営業秘密に接する
ことができる地位の者になるかと思います。また、転職・再就職の不利益を
どのように代償するかは、やはり金銭的な方法が一般的になります。

代償措置を実施する時期は退職時が通常かと思いますが、その趣旨が明確に
なされているのであれば、在職中からの手当支給なども一つの方法として
考えられます。

権利と権利が正面から衝突する場合には、双方においてその妥当な接点を
いかに見つけるかが重要となります。法律上では、その考えを「公序良俗」
と言います。「公の秩序と善良な風俗」月並みな表現ですが、裁判上は、
この公序良俗違反により「権利濫用」として無効となるケースが圧倒的
多数を占めます。