人は自分の行為についてのみ責任を負い、他人の行為の結果についてまでは
責任を負うことは無いとされており、これを自己責任の原則と言います。

例えば、ある従業員Aの操作する機械に他の従業員Bが巻き込まれて、負傷しました。
Bに直接危害を与えたのはAであり、A・B双方を雇用している企業そのものではありません。

この場合、使用者であるこの企業は全く責任を負わないのでしょうか?


過失責任・自己責任の原則からしますと、機械を操作していた従業員Aの過失によって
生じた損害は、企業にとっては、企業自身ではない「他人」が加えた損害であって、
それに対して何ら責任を負うことは無いとも言えそうです。

ただ、企業としてはそのような「他人」を使用することで、それだけ多くの
利益を受け取る地位にある訳でして、逆に「他人」を使用することに伴う損失は
負担しないとうのは、公平に反することになります。

民法は次のように定めています。
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について
第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」(使用者等の責任:民法715条)

このような定めがある根拠として、「報奨責任主義」というものがあり、他人を
使用して事業を営む企業は、それだけ大きな利益を上げているのが通例ですので、
万が一その事業活動が原因となって他人に損害を与えた場合には、その利益の
中から賠償させるのが公平に適うという考え方です。
「利益のあるところに損失も帰する」ということです。

またこの使用者責任と合わせて、使用者には労働契約に付随する義務として、
安全配慮義務があります。

「使用者は、労働契約に伴い労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ
労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」(労働契約法5条)

労働者は、使用者の指揮命令の下に指定された場所において、供給された設備や
器具を用いて労働に従事するのが一般的です。ですので、例えば工場内で
どのような事故が予見されるのか(予見可能性)、また予見される事故を避ける
ために何をしなければならないのか、しかるべき措置をとる必要があります。

今回のケースですと、機械の操作中に他の従業員が巻き込まれる危険性が
あるのであれば、事前に安全装置や防護柵の設置などを検討し実行することが、
使用者の義務となります。

過失責任・自己責任が修正された結果として、この使用者責任および
安全配慮義務があるわけです。

ただし、無制限にこの責任や義務が使用者に問われるわけではありません。

先日、地裁において興味深い判例が出されました。(佃運輸事件:神戸地裁)

従業員同士が喧嘩をし、従業員Xが従業員Yから暴行を受け傷害を負ったとして、
被害者Xは会社に使用者責任や安全配慮義務等に基づいて損害賠償を求めました。

結果として、この請求は棄却されました。

まず、使用者責任は「事業の執行」について責任を負うのであって、
単なる従業員同士の個人的な喧嘩は事業の執行に何ら関連性はありません。
また、安全配慮義務についても、施設や器具等の設置管理について
「業務遂行性」を前提に整備する義務を負っているわけです。

今回の判例は、使用者責任や安全配慮義務をどこまで認めるのかという意味で、
とても興味深いものです。

さすがに、従業員同士の喧嘩にまで関与する必要はないとのことですが、仮に
暴行事件以前から仲が悪く、今回の事件がある程度予見可能だったのであれば、
回避措置として事前に適切な措置を講じるべきとの判示もあり、この点については
注意が必要です。